衝動買いでタブレットを買ってしまったので、「絵日記」を書くことにしました。暇があったら見てください。ご意見ご感想もお待ちしております。
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毎年、5月〜10月までの間、静岡市内の洞慶院(とうけんいん)と言うお寺で
色々な団体の座禅会が行なわれています。

私もお手伝させていただいております。参禅者の食事を先輩の和尚さんと二人で
作るのですが、30〜40人分を作るのは結構大変な作業です。

時期的に衛生面にもたいへん気を使います。
これも一つの修行です。

私たち僧侶は職業柄葬儀に出席する機会が一般の方々よりも多くあります。最近特に思うことがあります。

うるさい!!本当にうるさい!!

参列者はどのような気持ちでお寺の本堂、いや、故人の前に座っているのか?・・・・時には涙を流しながら弔辞を読んだかと思うと、5分もしないうちに笑い声が聞こえたりする。

私は通夜の時次のような話をする。

「葬儀とは、亡くなられた『故人』が釈迦無尼佛の弟子となる儀式、しかし、亡くなった人は手を合わせることも、お唱えをする事も出来ません。参列者の皆様が故人の代わりとなって合掌をし唱える事(修行すること)で極楽浄土への道が開かれるのです。」

などとちょっと生意気なことを言う。その時は「なるほどな!」と言うような顔をして聞いているのに、葬儀になるとおしゃべりが始まる・・・・上の絵では女性しか書いていないが男性も同様である。時には男性のほうがうるさい!!(声がでかい)

言い過ぎかもしれないが、私たち僧侶にとっては他人の葬儀で、参列者にとっては身内の葬儀なのだ!仕事だからと言ってしまえばそれまでだが、私たちは真剣にお経を唱え、正座をし、合掌をしている。何かおかしい・・・・

最近、いすに座ってつとめる葬儀が増えてきた。葬儀の時間は長くても1時間半くらいだろう。途中足を崩しても合掌するときくらいは正座をしてもらいたい。姿勢を正してもらいたい。私の言っていることは21世紀の世の中では認められないのか・・・古臭いのか?

長い話になってしまった・・・が、しかし、このようなことが故人に対する礼儀だと思う。結婚式は2回3回する人もいるけれど、葬式は一人につき1回しかできないのだ!!

なんだか今日(経)は愚痴っぽい。

最近猫背の人をよく見かけます。あまり格好の良いもんではありません。考えようによっては現代社会に順応する為の一つの『進化』なのかもしれません。

人間は二本足で歩くようになってから色々と知恵を使うようになったとテレビで見た事があります。このままでは、いつしか人間は知恵が衰えてしまうような気がします。

私たち僧侶は、修行中姿勢についてとても厳しく教えられます。座禅中も、合掌する時も常に誰かに見られていると意識していました。

現在、家庭や学校では姿勢についてどのように考えているのでしょうか?とても疑問に思います。まともに正座が出来ない子供もいるようです。生活様式の変化とともに正座する機会も少なくなってきたのでしょうか。

漢字で『姿勢』と書くと、『姿(すがた)』と『勢(いきおい)』と言う字です。姿勢が良いと言う事は『勢い』が有る『姿』だと私は考えます。姿勢が良いだけで何かカッコイイと思います。

よい姿勢を作るには立っている時も座っている時も『腰』を意識して『アゴ』を引くことです。足で立つと言うより、腰で立つ感じでしょうか。そして、『おへそ』を前のほうに突き出す感じで立ってみてください。自然と背筋が伸びるはずです。

この絵日記を読んでいただいている皆さん!!どうか1日少しの時間でも『勢いのある姿』で過ごして見てください。気持ちも晴々すると思います。そして、子供さんのいるご家庭ではぜひ一緒にやってみてください。(できれば、正座も少し・・・)

勢いの有る姿で勢いの有る生活を・・・・・

と言っている自分もやってみよ〜っと。